赤目無冠のぶろぐ

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ちょっとした人の善意で泣くのは親の愛情不足

ちょっとした人の善意で泣く人がいる。昔から不思議な存在だった。
しかし、そうした人間たちの個々の家庭の事情を知って最近分かるようになった。
そういう人はたいてい、親に恵まれていない。

たとえば親がパチンコばかりでいつも一人だったツイッターのある人間は、
そうした経験により、「待ち続けても助けは来ない」という心理状態が確立されていた。
その結果、彼は誰かが誰かを助ける架空の話を見るとすぐに泣くようになった。

一方、私は「いい話だなぁ」と思っても、泣くことはない。
それはすぐ傍に助けてくれる人が当たり前のようにいたからであろう。

以上により、「ちょっとした人の善意で泣くのは親の愛情不足」という仮説が浮かび上がる。
無論、もともとの性格の差もある。しかし、環境要因も大きいと最近は考えている。

たとえば、オタク間でかつて流行った「クラナド」という作品は、「家族愛」というものが根幹にある。
とらドラ!」もその類だろう。
一般のドラマでも「家庭の不和とその修復」をテーマにしているものが多いように見える。
それだけ安定した家庭が少ないのだろう。

感動したり泣いたりするのは個人の自由だが、
それはそれだけ現実が歪んでいるということも示しているので、複雑な気持ちになる。

私はまったく泣かないが鉄の男ではない。家族の支えがあり、それによって自信があるだけであろう。