赤目無冠のぶろぐ

アニメ、将棋・麻雀、音楽(作曲、DTM、ベース)、思想など

帰ってきたニートの一日の作者。詳しくははじめにへ。

「自殺のすすめ」という記事についてあれこれとsola

・以前、「自殺のすすめ~人生でやりたいことを一通り堪能した」という非常にネガティブな記事を書いたことがあるのだが、
 ヤフーから「自殺のすすめ」と検索してこのページにやって来る人が存在するようである。
 おそらく私自身のアクセスではない。割合を見る限り、複数いる可能性が高い。
 気になってヤフーで「自殺のすすめ」と検索してみたところ、私のブログが3ページ目に出てきた(グーグルでもほぼ同じ)。
 169万件もあることを考えると、個人ブログにしては、上の方なのかもしれない。
 
 こんな文章が自殺関連でヒットしてしまうということは、それだけいろいろ悩んでいる人が多いのだろう。
 この記事が「くだらない」と一蹴されれば有難いし、それだけ世の中が健全だということになるのだが、
 実際には残念ながら意外と注目されている。
 今、自分で読んでみても、現代社会の病理の一側面を的確に説明していると思う。
 全面的に同意できるものとは思えないが。

 もし私の文章が決め手になって死ぬ者が現れたらどうしよう。今ふとそう思った。
 毎日80人程度が自殺していてネット依存の者が多い今日、言葉の暴力は意外と大きいのかもしれない。
 2ちゃんで祭りになって精神的に追い詰められた地方の議員だかもいたし。
 何だか複雑な心境ではある。マスコミの偏向報道と同じで、文章も一種の凶器であり、力である。

 ただ、今思えば、私は自殺を推奨するというよりは、どちらかというと、
 (A君のような)目標に向かって頑張る行為そのものを否定したかったのだと思う。
 「夢を持って何かを目指す」という上昇志向そのものが、社会に翻弄された結果に過ぎないと言いたいのだが、
 資本主義社会で働くことが当たり前になっている今日、私の感覚についていける人間は少ないようだ。*1

 これについては、もう少し、私自身も分かり易く補足説明する責務があると思う。
 たとえば声優でいい。声優になりたくて声優を目指すために、ある種の養成学校に通う者がいる。
 しかし実際になれるのはごく一部であり、学校が学校という形式をうたって高い授業料を請求する割には確率上、結果がついてこない。
 そういう意味で、この学校は単なる中間搾取的な存在であり、「声優になれる」という幻想を売る詐欺師のようなものである。
 高い授業料の割に確率上リターンが少ないのだから、対価に見合うサービスとは思えない。
 それなら最初からビジネスではなく、ゼロ円(タダ)のものでしかないという形にした方が精神衛生上、安全である。

 実はこれと似たようなことをツイッター上でホリエモンも指摘している。
 この手の養成学校は単に「~になりたい」という人の夢を弄んで搾取しているだけではないかと指摘している。
 彼に声優への理解がないという批判も考えられるが、一経営者として、現実をきわめてクールに捉えていると思う。
 俺のように私腹を肥やしている者がいるのに、そのシステムに乗せられて、お前ら愚民は悔しくないのか。
 そう言いたいのだろう。
 実際、上の例なら多くの授業料を事務所の誰かが独占している可能性が高い。
 それほど極端なコストが必要になるビジネスとは思えないのだから。

 結局のところ現代の上流のビジネスのほとんどは、いかに面倒臭い仕事を下請けに任せて楽するかであり、
 それにうまく対応した者だけが出世している。
 労働というよりは機械的な勝ち組・負け組の仕組みができただけであり、何かを生んだわけではない。

 精神的ストレスが云々言っても言い訳でしかない。
 単に自分の居場所を失わない努力を互いにしているだけで、それが社会の役に立っているわけではない。
 それどころか既得利権にすがっているだけという意味では、現状維持して生産性を否定している面さえある。
 
 もっとも私の考えは突き詰めると社会のあらゆる努力そのものを否定してしまうおそれがある。
 その意味で、成長を前提とする為政者にとって、私は悪魔のような存在かもしれない。
 そろそろ私の考えに気づく者も現れる頃だと思うのだがパンドラの箱なので、
 分かる者だけがフタを開ければ十分であろう。

 悪魔的な世界に浸るためには、潜り方を知っている必要がある。
 知らない者は一度潜ったらもう溺れて戻れない。


・それと、solaの考察を読んでいる方がおられるようだ。有難いことである。書いたかいがあった。

*1:夏目漱石の『こころ』で向上心のない者はバカという言葉が登場するが、私に言わせればある方がバカである。そう思えばKも死なないですんだ。