赤目無冠のぶろぐ

アニメ、将棋・麻雀、音楽(作曲、DTM、ベース)、思想など

帰ってきたニートの一日の作者。詳しくははじめにへ。

『思想地図vol.4』の「物語とアニメーションの未来」の感想・レビュー

以下はツイッター(akamemukan)で書いたものを転載したものである。


最近は『思想地図vol.4』の「物語とアニメーションの未来」(座談会)を読んでいた。
そこで批評家たちが新しいアニメ(の想像力)が出てこないことを嘆いていた。
しかし、彼らの感受性が老けてしまっただけで、若者は普通に現代のアニメを楽しんでいるのではなかろうか、と思った。

そもそも現代の若者は彼らインテリが望むような高尚なアニメを要求していない。
つまり彼らはマーケティングができていない。
それと、自分が青春時代に見たものを正当化しているだけではなかろうか。

加えて、現代社会は娯楽が増えて価値観が多様化しているから、一つのものを皆が見る時代ではない。
テレビの視聴率自体が落ちている今日、全員が納得する大きな物語を作ることは、もはや不可能に近いし、
作る側も最初から目指していないと思う。
これは想像力の問題ではなく、単に構造の問題。

制作環境や時代背景が違いすぎるから、いくら試行錯誤しても、もう旧エヴァのような名作はできないと思う。
仮に作ったとしても、もう支持されない時代だと思う。

今の若者が求めているのはインスタントな都合のよさと気持ちよさだけ。これはもう『けいおん!』あたりから明らか。
最近はソーシャルゲーム中心になって、ますますその傾向が加速している。
いずれも、葛藤がなく、男がいない。敵もいない。いたとしても都合のよいかませ犬を敵としている。

たとえば日常ものの『みなみけ』も両親を出さない。
親との対立・反抗を描かないことをよしとしている。だから成長や自立もない。
あれがヤングマガジンで生き残ったのは、単純に他と違って目立っていたというのもあるだろうけど、
時代のニーズに合っていたんじゃないかなぁという気もする。

その『みなみけ』の1巻が2004年。その時点で批評家は変化に気づくべきだった。
普通に現場の(特にヒット作を生み出している)編集者の感覚をうかがった方が、マトモなアニメ批評をしてもらえると思う。

というわけで、東さん達は座談会で「結局、1980年代以降、想像力が枯渇していて、新しいアニメが出ていない」というような悲観的な見方をしていたが、若者は現状を楽観的に捉えている可能性が高い。
要するに、もう世代交代で、新しい価値観が次々に台頭している。
それに批評家がついていけなくなって、(はっきり言ってしまえば)老害になっているのではなかろうか。
本気でアニメーションの未来を語りたいのであれば、色眼鏡でものを見ない若者の素朴な意見を採り入れるべきである。