赤目無冠のぶろぐ

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『とらドラ!』の考察~異種への憧れから同種への共感に向かう物語

とらドラ!』は「竜児→実乃梨、大河→祐作という片想いが竜児&大河という両想いになる物語」である。
相手の恋愛の成就を応援し合っているうちに互いに好きになってしまった、というよくある話だ。


本作から恋愛パターンは2つあると分かる。

①異なるもの(異種)への憧れ
  自分とは異なる人(自分がとてもできないようなことができる人)に憧れる。
  互いにないものを求め合う関係。最終的には互いに感謝するだけで破局することが多い。

②同じもの(同種)への共感
  自分と境遇や性格が似ている人に共感する。
  気がつけばいつも一緒にいる。いつの間にか大切な存在になっていることが多い。

これで考えてみると、竜児→実乃梨、大河→祐作という片想いは①で、
竜児&大河という両想いは②だと考えられる。

つまり、単純化すると、本作は①から②へ向かう話である。


竜児と大河は好きな人がいるという秘密を共有し合っているし、気がつけばいつも一緒にいる。
しかも共に親の存在が希薄で、進路をなかなか決められない。
これらは②を満たす。

一方、竜児→実乃梨は憧れに過ぎないので①。
このことは別荘編の4巻で亜美が鋭く見抜いており、2人の関係を「月」と「太陽」にたとえている。
彼女いわく、「月」に過ぎない竜児は「輝ける太陽」である実乃梨に焼き尽くされてしまう。
所詮は憧れの域を出ない好意なので、現実的には成立しないわけだ。

これは大河→祐作も同じ。
祐作は、生徒会や部活に入るまでは、優柔不断なお人好しだった。
しかも金髪にしてグレればすぐに誰かが助けてくれる(と思っている)。
一方、大河は勝気な性格で、どんなにグレても親に助けてもらえない。

この点は生徒会長編の6巻で亜美が冷静に見抜いている(総じて亜美の客観性は非常に高い)。
彼女いわく、本来なら大河こそ祐作のことを1番許せない。
心配してくれる人が周りにいる祐作がグレるのは、
グレても誰からも心配されない孤独な大河にとって、本来は1番許せないわけだ。

しかも祐作はすみれに憧れているので、大河にとって祐作は星のように遠い存在である。
これも6巻で分かる。
(ついでに言えば祐作のすみれへの想いも①に近い。
 優秀過ぎるすみれと根が暗い祐作がうまくいくとは思えない。
 祐作にとってのすみれは「憧れ」や「目標」と言った方がよいのではなかろうか。)


以上を踏まえると、本作は①異種への憧れから②同種への共感に向かう物語だと考えられる。

①は所詮、一過性の未熟な感情であることが多く、青春時代に抱く淡い恋に過ぎない。
そのため、付き合いが長くなると、人はだんだんストレスの少ない②に向かう。
実際、別荘編の4巻で大河が祐作と過ごすよりも竜児と過ごす方が緊張しないことを明かしている。

言ってみれば、①が2度と訪れない学生時代の「恋心」で、②が大人になってからの「愛情」なのだろう。

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~『とらドラ!』の総評~

・漫画的な表現で恋愛ものを面白おかしく描いていると思った。
 それでいて学生時代を思い出すような生々しさ(リアル感)もあった。

・恋愛の問題だけではなく、家族の問題も描き切った(やや駆け足気味ではあったが)

・最初は竜児と大河の気持ちに共感したが、2回目以降は揺れ動く実乃梨と亜美の気持ちにも共感できた。

 本作は1回見ただけでは完成しない。

 1回目で竜児と愛し合うために、親と向き合うようになった大河の物語だと分かり、
 2回目で見えない恋ではなく、見えている夢を追った実乃梨の物語だと分かり、
 3回目で他人のことに関しては一番大人なのに、自分の恋愛に関しては一番子供だった亜美の物語だと分かる。

 このように本作は3回見て完成する物語だと思う。
 恋愛においては報われなかった実乃梨と亜美も精神的に成長したことに注目すべきである。
 そこまで読み抜いてはじめて『とらドラ!』は完成する。

・欠点と課題:
  1巻の時点で竜児&大河になることが分かるような話になっているので、
  横暴なヒロイン・大河に感情移入できないと、最後まで納得できない。
  これは欠点。アンチやみのりん派・あーみん派はこの点を「ご都合主義だ」と言いながら批判する。

  大河と実乃梨はどのような経緯で親しくなったのだろうか。
  できれば大河と実乃梨の出会いも著者に書いて欲しかった。
  これは個人的な課題。