赤目無冠のぶろぐ

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帰ってきたニートの一日の作者。詳しくははじめにへ。

のび太と雲の王国から見えてくる核抑止力

今回はドラえもん のび太と雲の王国から見えてくる核抑止力について。

漫画、第5話「ニートの雲の王国」は以下(本記事はこの漫画の文を加筆・修正したもの)
ニートの思想 第5話「ニートの雲の王国」 / ニートの一日の作者 - ニコニコ静画 (マンガ)

しょうもない内容ですが、「帰ってきたニートの一日~第2期」もよろしく

今回はドラえもんの大長編映画のび太と雲の王国について語っておく。
実のところ、思想とエラそうに言えるほどの内容ではない。
しかしいろいろと考えさせられる内容だったので、書いておく。

どんな話かについては、あちこちで確認できるので、省略する。
検索してwikipediaなどを見るだけで、だいたいのことは分かる。
今は色んな方法で情報を入手できる。「ドラえもん 雲の王国」「雲の王国 あらすじ」などと検索するだけだ。

で、私が面白いと思ったのは物語の終盤。
具体的には、雲の上の天上人(てんじょうじん)が
自然環境を破壊し続ける地上人(我々人類)を嫌い、洪水で地上人の文明をなくそうとする(ノア計画)。

これに対し、ドラえもんが「雲もどしガス」という道具で相手を脅すことを決意し、
「もちろん、本当に使うつもりはないよ。でも天上人と対等に話し合うにはこれしかない。」と言う。

ここが興味深いところ。
というのも、ここでドラえもんは相手と対等に交渉するためには
相手と同じような「力」を持つしかないと考えているから。
これは現実社会で問題になっている「核抑止力」とほぼ同じ発想である。

気になってグーグルで「雲の王国 抑止力」と検索してみたところ、
私と同じような意見がたくさん出てきた。
(特にtogetterのドラえもん のび太と雲の王国と抑止力が有名
 https://togetter.com/li/1103698

(これは前から思っていたことなのだが)ドラえもんは追いつめられると手段を選ばない怖いところがあって、
そのへんは案外、毒がある。この話もその典型だと思う。
原作の漫画だと「力には力だ」というセリフがあって、その毒がより強調されている。

最初は子供向けの左翼的な作風だろうと思ってのんびり見ていたので、終盤のこのシーンはシュールだった。

まるでアメリカのトランプ大統領のような保守派のゴリ押しが急に出てきたかのようである。
冷戦時の米ソ対立に近い。今だと北朝鮮の問題をほうふつとさせる内容。

こうしてみると、ドラえもんは大人になってから見ても楽しめるし、考えさせられるところがある。
案外、奥が深い。そう思って、今回、ちょっと語ってみた。

断っておくが、私は別に核抑止力が全面的に正しいものだとは思っていない。
これは止めを得ず使う力である。

作中でも悪人に道具を悪用されそうになり、困っていた。
その点ではデメリットもきちんと説明されていたし、最終的には対話によって解決した。
したがって左翼的な面もあったし、そもそも政治的な右派、左派の是非は本文における本筋ではない。

とにかくポイントは核抑止力の長所と短所を子供でも分かるように描けているところ。
私はそれがすべてだと思う。

togetterのまとめでも述べられていたが、
政治的なイデオロギーなど、ぶっちゃけた話、どうでもいい。
最後にどう考えるかは本人である。それに下手に押しつけても反発されるだけだ。

エンタメや物語は別に政治の道具でもないし、政治問題をいきなり綺麗に解決できるものでもない。
ただ、いかに世相を上手に描写して皮肉ることができるか
――作り手はそれだけを考えるべきだと思う。

これが今回の結論。
作者の藤子F氏はひたすら世相を描写するという姿勢に徹していた。


簡単なまとめ:

 ・雲の王国は核抑止力の長所と短所を子供でも分かるように描写できている

 ・作り手は世相を描写し皮肉ることだけに徹するべきであり、
  政治的な是非を中途半端に述べるのはかえって陳腐だと思う